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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)3190号 判決 1975年3月25日

原告

出口ちよ

外七名

以上原告八名訴訟代理人

秋山幹男

被告

右代表者

中村梅吉

右指定代理人

房村精一

外二名

主文

一  被告は原告出口尚、同出口勇、同出口明、出口恒雄、同五十嵐よし子、同坂地せつ子、同出口伸吉に対し、各四拾七万六千百九拾円の支払をせよ。

二  原告出口ちよの請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告出口ちよと被告との間においては、被告に生じた費用の八分の壱を同原告の負担とし、その余を各自の負担とし、原告出口尚、同出口勇、同出口明、同出口恒雄、同五十嵐よし子、同坂地せつ子、同出口伸吉と被告との間においては全部被告の負担とする。

四  この判決第壱項は仮に執行することができる。

五  被告が右請求認容された原告ら七名に対し、各参拾万円の担保を供するときは、当該原告からの仮執行を免れることができる。

事実

第一  請求の趣旨

一、被告は原告出口ちよに対し八〇〇、〇〇〇円円、同出口尚、同出口勇、同出口明、同出口恒雄、同五十嵐よし子、同坂地せつ子、同出口伸吉に対し、各四七六、一九〇円の支払をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求める。

第二  請求の趣旨に対する答弁

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決、原告ら勝訴の場合は、担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求める。

第三  請求原因

一、事故の発生

出口裕吉(以下裕吉という)は、次の交通事故によつて死亡した。

(一)  発生時 昭和四六年一〇月二三日午前八時三〇分頃

(二)  発生地 静岡県伊東市富戸一、三一一番地先東伊豆吉田有料道路(国道一三五号線)

(三)  加害車 普通乗用自動車

運転者 不詳

(四)  被害車 普通乗用貨物自動車(静四な九四二五号)

運転者 小松薫

同乗者 裕吉

(五)  態様  被害車が前記路上を伊東方面から下田方面に向けて走行中、対向して来た加害車が、直径約二〇センチメートル大の石塊をはね飛ばし、被害車のフロントガラスを破つて飛来させ、裕吉の頭部を打撃した。

(六)  死因 裕吉は頭蓋骨骨折により即日死亡した。

二、責任原因

本件事故は、加害車が逃走し、その保有者が明らかでないため、被害者において自賠法第三条の規定による損害賠償の請求ができないときに当る。原告らは、同法第七二条により被告に対し政府の自動車損害賠償保障事業(以下保障事業という)による損害てん補金(以下保障金という)請求権を有する。

三、損害

(一)  原告らは、裕吉の死亡により、少くとも次のとおりの損害を蒙つた。

1 葬儀費 二五〇、〇〇〇円

原告出口ちよ(以下原告ちよという)は、裕吉の事故死に伴い、右の出捐を余儀なくされ、同額の損害を蒙つた。

2 逸失利益 五、八六〇、二四五円

(1) 裕吉は農業を営むかたわら、小松薫方ほか数箇所で人夫として働き、収入を得ていたが、その額は昭和四八年一一月一日改訂前の「政府の自動車損害賠償保障事業査定基準」において、裕吉死亡時の年令である五六才の者の平均月収とされる八二、八〇〇円を下ることはなかつた。そこで稼働可能年数を八・九年、控除すべき生活費を月一五、七〇〇円とし年五分の中間利息をホフマン式計算法により控除して同人の逸失利益の死亡時における現価を計算すると五、八六〇、二四五円となる。

(2) 原告ちよは裕吉の妻であり、その余の原告らは裕吉の子であり、原告らは裕吉の相続人の全部である。よつて原告ちよは妻として、その余の原告らは、いずれも子としてそれぞれ相続分(原告ちよ三分の一、その余の原告ら各二一分の二)に応じ裕吉の右逸失利益の賠償債権を相続により取得した。

3 慰藉料 五、〇〇〇、〇〇〇円

裕吉が本件事故により死亡したために蒙つた原告らの精神的苦痛を慰藉するための慰藉料として、原告ちよに対し一、五〇〇、〇〇〇円、その余の原告らに対し各五〇〇、〇〇〇円が相当である。

(二)  裕吉の死亡により原告らの蒙つた損害は、以上合計一一、一一〇、二四五円となるところ、右金額は保障事業による保障金の限度額五、〇〇〇、〇〇〇円を超えるので原告らの保障金請求権の額は、五、〇〇〇、〇〇〇円となる。従つて原告らは裕吉の相続人としてその相続分に応じて被告に対し右保障金請求権を取得した。その額は原告ちよにおいて一、六六六、六六六円、その余の原告らにおいて各四七六、一九〇円である。

四、結び

よつて被告に対し、原告ちよは右一、六六六、六六六円から自賠法第七三条の調整を受ける金額を除いた八〇〇、〇〇〇円(慰藉料に相当する部分)の支払を、その余の原告らは前記各四七六、一九〇円の支払を求める。

第四  被告の事実主張

一、請求原因に対する認否

(一)  一、二は認める。

三中原告ちよが葬儀費を負担したこと、裕吉死亡時の年令が五六才であつたこと、原告ちよが被告の妻であり、その余の原告らが裕吉の子であること、原告らは裕吉の相続人の全部であること、そこで原告ちよは妻として、その余の原告らは子として、それぞれ主張の相続分に応じて裕吉の逸失利益の損害賠償債権を相続したことは認め、葬儀費の額は不知、その余の事実は否認する。

(二)1  裕吉の年収入は四二二、九四〇円であり、これよりその年生活費一八八、四〇〇円を差し引き、稼働可能年数を八・九年として、ホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して、同人の逸失利益の死亡時の現価を算出すると、一、七〇六、九八二円となる。

2  慰藉料額は合計二、五〇〇、〇〇〇円が相当である。

二、抗弁

(一)  被害者が労働者労災補償保険法(以下労災保険法という)に基づいて自賠法第七二条第一項の規定よる損害のてん補に相当する給付を受けるべき場合には、政府はそめ給付に相当する金額の限度において、同項の規定による損害のてん補をしない(同法第七三条第一項)ところ、本件においては被害者が労災保険法に基づいて遺族補償年金等の給付を受けるべき場合にあたり、右給付額が後記のとおり五、〇〇〇、〇〇〇円を超えるため保障事業からのてん補の余地がない。

(二)1  そもそも保障事業は、他の手段によつて救済され難い自動車事故の被害者に、必要最少限度の救済を与えることを目的として、実施されるものである。なお保障事業による被害者の請求権は、自賠法によつて創設された公法上のものである。そして保障事業によりてん補する金額の限度は、昭和四八年一一月二七日政令三五〇号による改正前の自動車損害賠償保障法施行令第二〇条により同施行令第二条に定める金額とされるので、その額は、被害者死亡の場合、死亡した者一人につき五、〇〇〇、〇〇〇円となる。

2  ところで自賠法第七二条、第七三条にいう「被害者」とは、(1)傷害による損害については傷害を受けた本人(2)死亡による損害については死者の相続人、相続人とならない父母、内縁の者を指すものと解せられ、実務上も右解釈に従つて運用されている。これを本件に即して云えば、同法第七三条における「被害者」とは、裕吉の相続人である原告らを指し、それは一体として把握されるべきものである。

3  ひるがえつて、労災保険法による遺族補償年金(以下遣族年金という)の性格を考えてみると、被害者が死亡により、稼働能力を喪失したとき、その稼働能力のもとで生計をたてていた家族の生活を守ることを目的としており、いわば被扶養利益の損害に対する給付とみられるから、死亡した被害者の単なる稼働利益の損失をてん補するにとどまらず、その者が生前扶養していた家族(被害者側)の被扶養利益の損失をもてん補する実質を有していること明らかである。

右の趣旨からみるときは、遺族年金の受給権者が死亡者の扶養親族のうちの一人に限定されているとしても(換言すれば、被害者側の誰が受け、又は受けるべき者であろうと)、右一人の受給権者が受けるべき給付は自賠法第七三条第一項にいう「同法第七二条第一項の規定による損害のてん補に相当する給付を被害者(被害者側)が受けるべき場合」にあたると解するのが実質的にも相当である。

(三)1  原告ちよが受けるべき遺族年金等の具体的内容は次のとおりである。

(1) 埋葬料    一一〇、四〇〇円

(2) 遺族年金 六、二四二、三七六円

計算根拠は別紙記載のとおりである。なお原告ちよはすでに遣族補償一時金六七二、〇〇〇円の支給を受けた。

2  そうとすれば原告ちよが平均余命年数(裕吉死亡より21.70年)生存し、出口靖、出口茂が一八才に達するまで生存すると仮定すれば、同原告は労災保険から計六、三五二、七七六円の給付を受けることができることになり、政府保障のてん補限度五、〇〇〇、〇〇〇円を超えるので保障事業からのてん補の余地はなくなる。

第五  抗弁事実に対する原告らの認否及び主張

一、抗弁(一)を争う。

二、同(二)1中保障事業に対する請求権者が多数あるときでも死亡被害者一人につき五、〇〇〇、〇〇〇円の限度で被告が損害のてん補の責任を負うとの点は争わない。

三、同(二)23について。

自賠法第七二条第一項は、「被害者」の国に対する損害てん補の金銭給付請求権を認めたもので、被害者死亡の場合にはその相続人がこれを相続分に応じて分割取得する。これを本件について云えば、裕吉の妻及び子である原告らが各自相続分に応じ保障金請求権を分割取得したものである。

ところで、自賠法第七三条第一項にいう「被害者」は、同法第七二条第一項にいう「被害者」と同一人を指すものであることは明白であるので、同法第七三条第一項にいう被害者とは本件の場合は原告ら各自であることになる。従つて同条項により、原告らの同法第七二条第一項に基づく請求を拒絶するためには、原告ら各自がそれぞれ同法第七三条第一項に掲げられた給付を受けていなければならない。ところが本件の場合、労災保険より給付を受ける者は原告ちよのみである。権利義務が、権利主体である各個人について発生し又は消滅するのは、法の基本原理である。従つて原告らのうち一部の者が労災保険金の給付を受けるからといつて、その他の原告についてもてん補を受けたとすることはできない。実質的にみても、遺族年金は、労災事故によつて死亡した者によつて扶養されていた者が、労働者の死亡によつて生活苦に陥ることを防止することを主たる目的とする社会保障的給付であつて、死亡による損害をてん補することを主たる目的とするものではない。従つてその受給権者は労働者の死亡当時その収入によつて生計を維持していた配偶者、子、父母、などに限られ、妻以外の者は一定の年令以上又は以下であることを必要とし、死者の相続人であればただちに受給権を生ずるというものではない。これに対し、自賠法第七二条第一項の保障金は国が給付を行うという点においては社会福祉的な性格を持つものではあるが、その目的は、ひき逃げ等の場合において保有者が明らかでないため、同法が定める自賠責保険によつて損害の賠償を得られないときに、政府が保障金を支払い損害をてん補して被害者の救済を図るもので、自賠責保険による損害賠償制度を補完する。従つてその目的は損害のてん補一般にあるもので、死者によつて扶養を受けていた者の扶養のみに目的があるものではない。そして請求権者は、死者の相続人である。従つて被害者の死亡によつて損害を受けた者、或いは死者の損害賠償債権を相続した者のうち、一人の者について遺族年金が支払われたとしても、これは右受給権者が扶養者の死亡によつて扶養を受けられなくなつたことに着目してその生活補償のため支払われたものであるから、受給権者本人にとつては、その損害賠償債権に充当されることがあるとしても、他の者の損害賠償債権に対しては何もてん補されないのである。労災事故における損害賠償算定にあたり死者の遺族の一人が労災保険金の給付を受けても、その他の相続人の損害賠償債権額には影響を及ぼさないことは確定した判例であり、その趣旨は本件のような場合にも生かされなければならない。

四、同(三)について

1  原告ちよが労災保険より埋葬料一一〇、四〇〇円及び遺族補償一時金六七二、〇〇〇円を各受領したこと、同原告が平均余命年数(裕吉死亡時より21.70年後まで)生存し、出口靖、出口茂が一八才に達するまで生存すると仮定すれば、被告主張のとおり労災保険より六、三五二、七七六円(埋葬料を含む)の給付を受けることができることは認める。

2  仮に被告主張のとおり原告ちよが平均余命年数の間に、労災保険より六、三五二、七七六円の給付を受け、しかもこれを保障金から控除すべきものとしても、控除額は中間利息を差引いて事故当時一時に受領する場合の価格によるべきであり、そうするとこれは五、〇〇〇、〇〇〇円を下廻わることは明らかである。

3(1)  被告の前記遺族年金の計算は、あくまでも仮定の上に立つてのことであり、原告ちよが右金額を労災保険よりてん補を受けることは、可能性としてあるに過ぎず、途中で死亡した場合には給付は受けられない。このような不確定な給付の可能性をもつて自賠法第七三条第一項にいう「損害のてん補に相当する給付を受けるべき場合」にあたるとすることには疑問がある。

保障事業は、「自動車の運行によつて人の生命又は身体が害された場合における損害賠償を保障する制度を確立することにより被害者の保護を図(自賠法第一条」るため行われているもので、加害車の保有者が明らかでないために自動車損害賠責償任保険等による給付を受けられない場合の損害賠償を保障すべく設けられた制度である。従つてこの事業による給付は、本来自賠責保険の給付に準じて行なわれるべきものであり、実際にもその給付の額等は自賠責保険に準じている。それ故自賠法第七三条第一項の調整規定も右の趣旨に則つて解釈されなければならない。

果してそうだとすると、労災事故の場合は労災の受給権者が将来労災年金を受けることが予定されていても、右受給権者が第三者に対し損害賠償の請求をなす場合には、口頭弁論終結時までに実際に支払を受けた労災年金のみについて損益相殺をするか又はすでに支払ずみの年金についてすら損益相殺を認めないというのが判例となつていることではあるし、被告の解釈は自賠責保険の場合と保障事業の場合とで取扱いを著るしく異にさせることになり、前記の保障事業の制度の目的に照らして著しく妥当性を欠くことになりかねない。

(2)  被告の解釈によると、原告ちよが本件事故後二年を経過し、自賠法第七二条による請求権が時効となつた直後に死亡した場合には、同原告は結局、すでに受領ずみの労災一時金六七二、〇〇〇円を除いて一切の給付を受けられないことになるが、これでは被害者の損害賠償の保障を目的とした保障事業の制度目的は全く達せられないことになる。

4  仮に以上の原告らの主張が認められないとしても、保障金は慰藉料を含むものであるところ、労災保険法により給付される遺族給付金が慰藉料をてん補するものではないことは判例の確定するとおりであるから、たとい原告ちよの遺族年金受給が自賠法第七三条第一項の調整の対象となるとしても、同原告の受取るべき保障金のうち慰藉料部分については同法第七三条第一項の「損害てん補に相当する給付を受ける場合」にあたらない。このことは労災保険と自賠責保険との相互の調整について行なわれている実務からも明らかである。すなわち自賠責保険が先に権利者に保険金を支払つた場合には、労災保険は右自賠責保険金中に含まれている逸失利益の金額を算出し、その金額の限度で損害のてん補があつたものとして遺族年金等の支払をしないこととしており、自賠責保険の支払額中慰藉料部分については労災保険の関係ではてん補があつたものとしない。

また労災保険が先払いをした場合には自賠責保険に対して求償がなされることになるが、自賠責保険の側で求償に応ずる額は自賠責保険の支払限度額からその中に含まれている慰藉料に相当する部分(実務では二五パーセント)を差引いた残額を限度とすることになつている。保障事業に対する被害者の請求権が公法上の請求権であることから後記の被告主張のように結論するのは著しい論理の飛躍である。

ところで原告ちよは前記のように自賠法第七二条第一項の保障金債権五、〇〇〇、〇〇〇円のうち三分の一にあたる一、六六六、六六六円を取得したものであるが、一方同原告は裕吉死亡による慰藉料として前記のように少なくとも一、五〇〇、〇〇〇円の損害を蒙つたものであり、同原告は右保障金のうち一、五〇〇、〇〇〇円を慰藉料に対するてん補として受給することにするので、右一、五〇〇、〇〇〇円の保障金債権につき同法第七三条第一項の適用を受けないことになり、同原告は被告に対し右一、五〇〇、〇〇〇円の支払を求めることができるが、うち八〇〇、〇〇〇円を本訴において請求する。

仮に右主張が認められないとしても、保障金五、〇〇〇、〇〇〇円のうち慰藉料として支払われる部分は少なくとも全損害額中に占める慰藉料の割合であると解することができ、その場合保障金五、〇〇〇、〇〇〇円中慰藉料部分は少なくとも二、四〇〇、〇〇〇円以上であることが明らかで、従つて原告ちよが保障金として支払を受けるべき慰藉料も八〇〇、〇〇〇円を下らない。

第六  「抗弁事実に対する原告らの主張」に対する被告の反論

一、原告は中間利息が控除せらるべきであると主張するけれども自賠法第七三条第一項における「社会保険等より給付を受けるべき場合」の調整においては、中間利息の控除をする必要はない。けだし一般に中間利息を控除することが問題とされるのは、損害賠償額算定に際し、将来の得べかりし利益を現時点において、全面的に発生したかのように算定し、この時点で一時金の支払をするからであるが、遺族年金は現時点において一時に受けとる権利を受給権者側が持つものではなく、将来の受けるべき額は、物価の変動、年金スライドがないことを前提とすれば、その現在評価額は変らず、同条項における調整もその受けるべき額そのものを調整対象とするものであり、その制度の趣旨から云つて中間利息の控除はこれを要しないものと解せられるからである。

二、原告は自賠法第七三条第一項の調整に際し、将来給付を受けるべき年金のように不確定な給付をもつてすることに疑問を呈する。

しかしそもそも同条項自体は将来についての調整をすることを法定したもので、原告らの主張は同条項を前提とする限り認め難い。また将来の予測にあたつては、受給権者の余命年数の算定に際し、社会的な標準としての平均余命年数を使用することにより客観化、適正化をはかつており、平均余命年数の客観性を前提としなければともかく、それを認める限り、原告らの主張は根拠がない。

三、原告らは、遺族年金が慰藉料をてん補するものではないことを前提として、保障金中の慰藉料部分については自賠法第七三条第一項の調整の対象とならない旨主張する。しかしながら保障事業による被害者の請求権は前記のように自賠法によつて創設された公法上の請求権であり、私法上の損害賠償債権とは異なるものである。従つて保障金は、死亡事故について云えば死亡した者の「死亡による損害」を内容とするが、それ以上に葬儀費(積極損害)、逸失利益(消極損害)、慰藉料(精神的損害)等の個々の費目の内容が保障金額中に特定しているわけではなく、それらは「死亡による損害」積算の一資料に過ぎない。加うるに自賠法第七三条第一項は、その調整すべき給付について、積極損害、消極損害、慰藉料を特定してもいないのであるから、同条項の適用にあたつては、遣族年金が慰藉料を含むか否かにかゝわりなく、遺族年金の給付はすべて同条項にいわゆる損害のてん補に相当する給付にあたるものというべきである。

第七  証拠関係<略>

理由

一事故の発生

小松薫が、昭和四六年一〇月二三日午前八時三〇分頃、静岡県伊東市富戸一三一一番地先の東伊豆吉田有料道路(国道一三五号線)上で伊東方面から下田方面に向けて被害車を運転進行中、対向して来た加害車(保有者及び運転者不詳)が直径約二〇センチメートル大の石塊をはねとばし、それが、被害車のフロントガラスを破つて飛び込み、同車助手席に乗車していた裕吉の頭部にあたり、同人は頭蓋骨々折により即日死亡したことは当事者間に争いがない。

二責任原因

本件事故では加害車両の保有者が明らかでないため、被害者において自賠法第三条による損害賠償請求ができないことは当事者間に争いがない。従つて原告らは同法第七二条に基づき被告に対し保障事業による保障金請求権を取得したというべきである。

三損害

裕吉の死亡により原告らに生じた損害は次のとおりである。

(一)  葬儀費 二五〇、〇〇〇円

裕吉の死亡に伴い、原告ちよが費用を負担して葬儀を行つたことは当事者間に争いない。<証拠>によれば、同原告は葬儀費として二五〇、〇〇〇円を下らない出捐をし、同額の損害を蒙つたことが認められる。

(二)  逸失利益 五、五〇二、〇〇〇円

1  <証拠>を併せ考えると、裕吉は自ら農業を営むかたわら、人夫として働いていたことが明らかである。

そこで、その死亡時の稼動能力を金銭をもつて評価しなければならない。まず裕吉の月収は当時施行の「政府の自動車損害賠償保障事業査定基準」にいう五六才男子の平均月収である八二、八〇〇円であると推定される。

ところが、<証拠>によれば、裕吉は死亡直前まで人夫として一か月に二日ないし七日位働き日額二、八〇〇円の収入を得ていたことが明らかである。裕吉はその余の日を無為徒食していたわけではなく、前記のように農業に従事していたのであるから、その稼動能力評価に当り自営農業以外の一か月二日ないし七日程度の人夫収入のみを資料とすることは適当でなく、むしろ右事実から裕吉の一日当りの稼動能力は二、八〇〇円程度であるとみて、これにその一か月間の農業および人夫等の労働に従事する日数およそ三〇日位を乗じてその一か月当りの稼動能力評価の一資料を得べきものと考えられる。そうするとその額は右基準による右推定額と大差ないことになる。次に<証拠>は、裕吉死亡の前年たる昭和四五年中の所得を明らかにするにすぎず、当時と裕吉死亡時との間の所得水準の向上を考慮すれば、昭和四五年中の裕吉の所得をもつて、その死亡時の稼動能力の評価資料とすることは相当でない、従つて右推定を左右すべき資料はないといわざるを得ない。

裕吉が死亡当時五六才であつたこと(この事実は当事者間に争いがない。)から、同人はもし事故にあわなければ、少くとも爾後一一年間就労可能であり、その間、総じて平均して右の程度の収入をあげることが出来たものと推認される。

そこで同人の生活費として収入の三分の一の支出を余儀なくされるものと推認し、右収入からこれを差引き、かつ年五分の中間利息をライプニツツ式計算法により控除して同人の死亡による稼動能力の喪失という逸失利益の死亡時における現価を計算すると、五、五〇二、〇〇〇円となる(一〇〇〇円未満切捨)。

2  原告らが、その主張のとおりの相続分に応じて裕吉の右逸失利益の損害賠償債権を相続したことは当事者間に争いがない。その額は、原告ちよにおいて一、八三四、〇〇〇円、その余の原告らにおいて各五二四、〇〇〇円となる。

(三)  原告らの慰藉料 五、〇〇〇、〇〇〇円

裕吉が本件事故により死亡したために蒙つた原告らの精神的苦痛に対する慰藉料としては、前記認定の本件事故の態様裕吉の年令、家族関係等その他本件に顕われた一切の事情を考慮し、原告ちよに対し、一、五〇〇、〇〇〇円、その余の原告らに対し各五〇〇、〇〇〇円が相当である。

(四)  合計額

してみると裕吉の死亡により、原告ちよは三、五八四、〇〇〇円その余の原告らは各一、〇二四、〇〇〇円合計一〇、七五二、〇〇〇円の損害を蒙つたことになる。

四政府の保障事業による保障金

(一)  保障金総額

原告らは加害者に対し前記のとおり総額一〇、七五二、〇〇〇円に及ぶ損害賠償債権を取得したが、これは自賠法の定める限度額である五、〇〇〇、〇〇〇円を超えているので、保障金額は、右限度額の範囲内である五、〇〇〇、〇〇〇円となる。

(二)  各人の保障金額

自賠法第七二条第一項における被害者とは、同条項、同法第一六条、第三条、第四条の各法意に照らし、私法上の損害賠償債権者と一致し、右権利者がその債権額に比例して保障金請求権を原始的に取得するものと解するのが相当である。本件については、原告らのほかに損害賠償債権者ありとの特別な事情も見当らないから、原告らがその権利者の全部であると推認すべきである。そこで、原告らの保障金請求権総額五、〇〇〇、〇〇〇円を、その損害賠償債権額、すなわち、原告ちよにつき三、五八四、〇〇〇円その余の原告らにつき一、〇二四、〇〇〇円に各按分比例して、算出すると、原告ちよにおいて一、六六六、六六六円(円未満切捨)、その余の原告らにおいて各四七六、一九〇円となる。

五保障金より調整(控除)すべき労災保険金(抗弁)

(一)  原告ちよの労災保険金受領

原告ちよが裕吉の死亡によつて労災保険法に基づき遺族年金の受給権を取得し葬祭料一一〇、四〇〇円を受領したこと、同原告が平均余命年数(裕吉死亡より21.70年)生存し、孫の出口靖、出口茂が一八才に達するまで生存すると仮定すると、同原告は六、二四二、三七六円の遺族年金の給付を受けることができる計算になること、同原告が既に遺族補償一時金六七二、〇〇〇円を受領していることは当事者間に争いがない。

(二)  右労災保険金を調整さるべき被害者の意義

1  保障事業の目的が、他の手段によつて救済され難い自動車事故の被害者に必要最少限度の救済を与えるにあり保障金請求権は自賠法によつて創設された権利ではあるが、さればとて、損害賠償権者が多数あり、その一部が労災保険金請求権者であるにすぎなくても、前者の全員をもつて自賠法第七三条第一項にいう「被害者」と解さなければならない理由はない。

2  まず同条の文言を検討する。

同条項によると、労災保険法等より給付を受けるべき場合に調整が行われるのは、「被害者」についてであり、右の被害者とは同法第七二条第一項の被害者即ち保障金請求権者と同一人を指すものと解せられる。そして右請求権者は私法上の損害賠償債権者と一致するから、死亡事故の場合は、死亡事故発生と同時に右損害賠償債権者が保障金請求権を右債権額に比例して原始的に分割取得することは前に述べたとおりである。そうとすれば同法第七二条、第七三条の規定の文言上、労災保険法等の調整を受けるのは、同法等からの給付を受けるべき被害者ないしは権利者各個人であつて、被告主張のような被害者側とか権利者集団ではないと解するのが自然である。

3  同条の規定の実質的意味を考えてみる。

保障金請求権は、被害者が自賠法第三条、民法第七〇九条等による損害賠償債権を取得したことを前提要件とし、保障事業の目的は、加害者側がたまたま無保険者であるとか、保有者が不明であるという偶然の事情によつて、被害者が右損害賠償債権を行使し得ないことを救済すること、他面ではこれらの被害者が自賠責保険金を取得しえないという不公平を是正し、自賠責保険制度を補完することも含まれている。

そして、保障金請求権の前提となる損害賠償債権は、被害者の労働能力の喪失等の逸失利益ないし精神的損害の賠償をも含み、これらが被害者の生活保障にも実際上貢献していることは疑いを容れない。

これらの事実からみれば、保障金には民法や自賠法第三条の損害賠償債権に含まれる前記の要素をも包含しており、これにより被害者の生活保障の実を挙げることが期待されていると考えられる。

他方労災保険金中遺族年金が専ら労働者とその遺族の生活の保障障を目的とすることは明らかである。その年金を受ける権利者をみると、まず遺族補償年金を受けることができる遺族として労働者の配偶者、子、父母、孫、祖父母及び兄弟姉妹中一定の要件を充足する者を列挙したが、その全部が同時に右年金を受ける権利ありとしないで、右列挙の順位で右年金を受ける権利を取得する、即ち、右後順位者は先順位者の死亡等による右権利喪失をまつてはじめて右権利を取得するものとされている。その年金額の算出方法をみると、右年金を受ける権利を有する遺族と、その者と生計を同じくしている右年金を受けることができる遺族の人数の区分に応じ、一人の場合原則として給付基礎年額の百分の三十とし、順次人数が増加する度に右割合を増加させ、五人以上の場合その百分の六十とされている。こゝに右年金の生活保障的役割が如実に示されている。しかし右年金を受ける権利を有する遺族と右年金を受けることができる遺族との両者は、私法上の損害賠償債権者と必ずしも一致しないから、労災保険法が右年金額決定に当り生計を同じくする遺族の数を考慮したからとて、年金受給権利者でない者の有する保障金請求権をも調整の対象と解されなければならないものではない。

以上の事項と、自賠法第七三条第一項の示す二重のてん補を排斥する公平の理念とを併せ考えると遺族の一人が遺族年金を受給する場合であつても受給権のない他の被害者の権利にまで影響を及ぼすものではないと解するのが相当である。

4  以上説明のとおり、妻である原告ちよが遺族年金を受けられても、子であるその余の原告らには労災保険上の権利がないから、同条項の調整を受けるのは原告ちよに限られることになりその余の原告らにつき同条項の適用を前提として調整を求める被告の主張は失当であるといわなければならない。

(三)  将来受くべき遺族年金をもつてする調整の可否

1  法令の文言をみると、自賠法第七三条第一項は「損害のてん補に相当する給付を受ける場合」と規定しており、この文言は必ずしもすでに受領ずみの給付に限らず、将来受けるべき給付をも含むと解しうる。

2  右規定の実質的意味を考える。私法上の損害賠償においてば、遺族年金の受給権者が既に支払を受けた年金額のみが損害額から損益相殺されるべきであつて、未だ現実に支給されていない年金額をもつて損益相殺すべきではないと解されるが、この理を直ちに保障金請求権に適用することは一考を要する。すなわち保障事業の目的叙上のとおり被害者に最後の救済手段を与えるにある。保障金によるてん補は、損害賠償の支払いそのものではないから、各種社会保険法に規定されている第三者から損害賠償の支払を受けたときの社会保険給付の免責もこの場合には適用されない。また、自賠法第七三条第一項の規定がないと、社会保険給付を受けても、保障金がその限度で減額されないことになる。これでは保障事業の前記目的に反するので、被害者はまず社会保険給付を受くべく、これがないとき又はこれをもつてしては足りないときに、保障金の給付を受けうることにしたのが前記条項であると考えられる。そうするとこの場合にいう社会保険給付とは将来受ける予定の分も含むと解することも、それなりに許されるのである。

原告ちよがその保障金の給付限度額一、六六六、六六六円に対応するだけの年金給付を現実に受けるに足りる期間の経過前に死亡したとき、右解釈によれば、同原告は右限度額に相応する金員を受けられないとの不利益を蒙ることになる。しかし、逆に同原告が平均余命まで生存するものと仮定して算出した将来受くべき分も含む年金給付をもつて調整を行つたのち、同原告が平均余命よりも長く生存したときは、同原告は右給付限度額よりもそれだけ多くの年金給付を受けることになるのである。年金制度上同原告は抽象的にはいずれの可能性も有するのであつて、早く死亡することにより前記の不利益を受ける可能性ありとしても、それだからといつて前記解釈を左右すべきものとはいえない。

(四)  保障金中慰藉料部分から調整の可否

原告ちよが労災保険から給付を受けるべき葬祭料、遺族年金を前認定の同原告が取得した保障金請求金額一、六六六、六六六円から控除することになるが、この点につき、保障金中慰藉料部分を控除の対象とすべきか否かを考える。

確かに、一般に遺族年金は慰藉料債権をてん補する性質を有しないけれども、1保障事業の場合には民法や自賠法第三条に基づく損害賠償の場合と違い明文上調整の規定がおかれているが、「労災法等から損害のてん補に相当する給付を受けるべき場合には自賠法第七二条の規定による損害のてん補をしない」と規定されているだけで、調整の対象となるべき保障金のうち慰藉料相当額部分を除くような規定はないこと、2自動車事故による損害賠償における損害とは生命、身体損傷という一個の損害を意味し、逸失利益、慰藉料等はこれを金銭に換算する資料にすぎないと考えられるところ、畢寛遺族年金としての金銭の給付も、金銭の給付がなされることに変りがない以上、それが金銭に換算評価された精神的損害即ち慰藉料の事実上のてん補となりえないものではないこと、3保障事業は損害賠償とは異なり、あくまでも被害者の最少限度の救済を図ることを目的とし、社会保障的色彩の強い制度であることを併せ考えると、遺族年金をもつて同法第七二条の保障金額の全額すなわち慰藉料部分を含めてのてん補にあてうるものと解するのが相当である。

(五)  調整の結果

以上により原告ちよが取得した保障金請求権一、六六六、六六六円からその既に受領した葬祭料一一〇、四〇〇円及び遺族年金一時金六七二、〇〇〇円を先ず控除し、その残額から同原告の将来給付を受けるべき遺族年金をさらに控除することになる。そして右将来分の遣族年金額は五、五七〇、三七六円であることは前認定のとおりであるところ、原告らは右金額を、そこから中間利息を控除した事故時における現価に換算すべきであると主張するが本件においては、現価に換算すると否とに拘らず、右年金額は原告ちよの前記の保障金請求権を超えることは計数上明らかである。

そうとすれば、同原告の保障金請求権はてん補により消滅し認められないものといわなければならない。

六結論

よつて原告ちよを除くその余の原告らの各請求は総て理由があるからこれを認容し、原告ちよの本訴請求は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行及び仮執行免脱の宣言について、同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(沖野威 佐藤寿一 玉城征駟郎)

<別紙省略>

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